1.03.2015

saga continunes. . . . . . . . . .



オヤジの背中に南無阿弥陀仏 



オヤジの背中には”南無阿弥陀仏”という刺青が入っていた

今でこそワタシの体にはソレ以上の刺青が入っているけど

幼い頃のワタシはオヤジのソレが嫌で嫌で仕方なかった

泳ぐのが大好きだったオヤジはよく近所のプールで泳いでいた

ワタシは友達と一緒に泳ぎに行く

そこで偶然オヤジに会っても 知らぬ顔をしていた

オヤジの背中に”刺青が入っている”ということを友達に知られたくなかったからだ

いつだったか 腹違いの兄から聞いた

母親からだったか? 聞いたことは

”どうせオレは野垂れ死にするだろう 誰にも看取られずに だからせめて自分自身への供養に と思いコレを入れた”

なんてカッコイイように言っていたけど ”南無阿弥陀仏” を囲う数珠も中途半端に終わってるし
(アタシの腹に入っているスクリプトの方がよっぽどカッコいい)

言う程シリアスでもなく 日本人離れした日に焼けた顔をくちゃくちゃにさせて

息子だかウチの母親に話をしたんだろう。。。。。。。

そんなことを言いのけるオヤジが死ぬ程カッコいい そして洒落者だ 破天荒過ぎて 殺してやる と思ったこともあるけど

あんな人見たことないし 今でも誰よりもおしゃれでかっこいいと思っている

そしてワタシはその ”性” ”性分” を受け次いでしまった

血筋って怖い




大正5年3月22日(多分) オヤジ生まれる 生きていたら94歳

赤紙は届かなかった

オヤジには戸籍が無かったからだ 

だから戦争に行かずに済んだわけ  

勿論学校なんて行っていない そこで学ぶ以上のことを一人でなんでもやってきた

戸籍はないけど 免許でも 何でも持ってた なんならセスナ機を操縦できる免許も持っている

その時代は闇の中で色々なことができたに違いない




ワタシが高校を卒業すると同時に オヤジの戸籍を作ることになった

それにあたって裁判所に沢山の書類を提出しなければならなかった

オヤジが本当に ”桑原” という人間であることを証明する為の書類を弁護士と母親で探し始めた

それを証明できるものが ”ある場所” から見つかった そのある場所というのは

話には聞いていた場所だったんだけど。。。。。。
(ワタシが30歳過ぎた頃にある事情でその場所に行くことになる 因縁 それとも運命というのか 不思議な気持ちになったのを覚えている)

そしてオヤジは様々なタイプの人間に可愛がられた

その中には ”児玉誉士夫” もいた


どんな付き合いがあったのかは 

今週、オヤジの話を聞きに ”腹違いの兄” に十数年ぶりに会いに行く 


Photobucket

フィクションか ノンフィクションか。。。。。。。。。。。
こんな感じの本!!!!




これは2010年に書いたもの。

その当時、オヤジのことについて何か書記したいと思っていた。大正から昭和を面白可笑しく生きてきた。
なんでも有りの時代だった。

今はつまらない時代になってしまったのかもしれない。
今の若い者たちは児玉誉士夫なんてしらないだろう。
知ったところでどうということもないが。

オヤジの性(さが)を受け継いでしまったワタシは
あの時 ”書かずにはいられない” 衝動に駆られた。
けれど もう5年も過ぎてしまった。

今夜はなんとなく オヤジ のことを憶ってしまった。


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